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2016年6月

2016年6月25日 (土)

ボンゴフレンディに命を助けられたのか

日本一周するために手に入れたボンゴフレンディは、まだ16万kmで、ディーラーでは、エンジンは大丈夫と太鼓判を押されてはいましたが、次のボンゴフレンディに乗り換えることにしました。

車旅(とくに車中泊旅)には理想的な車種ではないでしょうか。もう新車は作られていませんが、まだまだ中古で探すことができます。

そしてネットで探して良さそうな中古車を見つけ、買うことを決めた途端、ボンゴフレンディーは時々エンストするようになったのです。

最初に同じ症状がでたのは、4年ほど前で、2年に1度くらいだったのでそれほど深刻ではなかったのですが、ディーラーで診てもらいました。1日預けたこともあります。でも、原因は特定できませんでした。その時に限って症状が出ないからです。

そしてこの1か月半は、日に日に頻度が高まるようでした。まるで、自分の運命を悟ったように。いや、「反逆」かもしれません。なんなんでしょうか。偶然とは思えないような調子なのです。(そのことについてはあとで書きます)

だから、この前の東北撮影の旅でも、よく自宅に戻れたなぁと。今だから言えるのですが、綱渡り状態が続いていたので、内心はらはらしていたのです。ブログでは触れませんでした。触れたら現実になる(車が完全に動かなくなる)ような気がしたからです。こういう綱渡りは、車だけではなく、いろんなことで、いつものことですが。

車(機械)とは言っても、北海道から沖縄まで、日本一周をした「同士」であり、廃車にしてしまうのは、正直寂しさを感じます。よく大きなトラブルもなく走ってくれたなぁと感謝の気持ちでいっぱいです。

最後の掃除をしながら、あんなことあったなぁ、こんなことあったなぁと思い出を反芻して、柄にもなく、ちょっと感傷的になりました。

先日も、ちょっとだけ供養について触れました。動物に対してだけではなく、日本には「草木」に対する供養塔もあるし、「針」や「パソコン」など、無生物に対する供養もやります。そこにはそのモノに対する感謝の気持ちがあります。

そしてここが仏教的というか、輪廻転生ではないですが、次は「車」ではなくて「人間」に生まれてくるかもしれない、などという気持ちも少しはあるんですね。車が死んでいく(廃車になる)姿は、どこかで自分の姿に重なるのです。

今度のボンゴフレンディは、自宅から2時間離れた千葉県の販売店まで取りにいかなければならなかったので、だから最後の運転は、供養の心を持ってやろうと思いました。

ところがです。なんと、一番止まってほしくない国道16号の交通量の多い春日部付近でエンストしてしまったのです。幸いにも渋滞していたので、スピードは出していなかったので、追突されることはありませんでした。

5分くらい悪戦苦闘してエンジンをかけようとしましたが、ダメでした。今までは、何度かやっていると、またかかったのですが、今回の不具合の程度がより深刻だなと感じました。

10分ほど経ったとき、後ろからパトカーが来て、「ここで停まっちゃダメだ!」と言われたのですが、「故障で動きません」というと、警官は、「ここでは危ないから」と、車を押してくれました。

これも不幸中の幸いで、50m先まで押してもらい、空き地があったので、そこに車を入れることができました。

結局、また国道でエンストするのは事故の危険もあったので、レッカーを呼びました。だから販売店までの残り10kmはレッカー車で行くことになったのです。

それにしても、最期の最期にこんなしっぺ返しがあるとは。俺を殺す気か?

販売店でレッカー車から下されたボンゴフレンディは満身創痍の姿。最後は気まずい関係になってしまいそうでしたが、やっぱり供養はしなければと思います。「タタリ」を鎮めないと。

人がある動物(もの)を供養するのは、もちろん感謝の気持ちもあるのですが、「「タタリ」を恐れ、それを「鎮める」という意味合いも大きかった。」と、長野浩典著『生類供養と日本人』には書いてあります。

ユングの「シンクロニシティ(共時性・同時性)」については前も書きました。偶然を単なる偶然だと気に留めずに流すのではなくて、そこに意味を考えてみるということですが、今回の件は、やっぱりこの「シンクロニシティ」と言ってもいいのではないでしょうか。

シンクロニシティは因果関係では説明できません。「俺が次のボンゴフレンディを買うと決めた」から「今のボンゴフレンディはエンストするようになった」というのは、どう考えても無理があります。そこまで擬人化してしまってはファンタジーになってしまいます。

妻からは「あなたの無意識が車に乗り移ったように見える」と言われました。俺もそう感じます。

俺の無意識内では、「16万kmも走ったし、そろそろ限界かも」とは感じていたはずなのです。そしてその「感じ」が「やっぱりそうだった」になったというわけです。

そしてこの偶然が、「いよいよ危ない」と、俺に意識させてくれて、だから今回最後の運転でも、無意識ではあっても、今までより注意して運転していたはずなのです。だからエンストしたときはすばやくハザードを出したのだろうし、それが追突事故を防いでくれたのかもしれません。

今日の「本番」に向けて、過去何度かエンストして「練習」した成果であるかもしれないとも考えられるのです。もし、今日が初めてのエンストだったら、慌ててしまい。対処が遅れて、下手したら死んでいたかもしれないのです。

だから「俺を殺す気か?」と書きましたが、そうじゃない、俺は助けられたんだなと思いますね。ボンゴフレンディに。

ボンゴフレンディの大往生です。

(合掌)
 

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2016年6月20日 (月)

【夢日記】 翡翠のような洋式便器

トイレに入って用をすましたあと、トイレ掃除をしようと思ったら、急に洋式便器が手のひらに載るくらい小さくなった。

俺はそれを洗剤の付いたスポンジでごしごし洗った。

座る部分をこすりながら、用を足す前にやっておけばよかったと思った。

便器が見違えるほどきれいになった。

まるで翡翠のような薄青色をした輝く白になったが、その色がとても印象的だ。
 
 
 

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【夢日記】 闇両替屋たち

どこの国なのか。あまり生活感のない場所だ。

通りを歩いていると、中東系の男が近づいてきた。闇両替屋らしい。1.1倍くらいのレートだという。

あまり関わりたくないので、無視して通り過ぎようとしたら、男も付いていた。

そしてもう一人、別の男もやってきた。こちらはドイツ人のようだ。ふたりは仲間で、俺が日本人だから、持っているのはYENだということを中東系の男に説明している。

俺はヤバいなと感じたので、部屋の上の方に上って、格子状になった障子の壁を破って、隣の部屋に逃げた。次も同じような部屋で、また障子の壁を破って隣へ移った。

もう一回繰り返したところで目が覚めた。しばらく強烈な「不安感」が続いた。



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NHKの番組『シリーズ キラーストレス』で推奨していたコーピングとマインドフルネス

現代社会は、ストレスに常にさらされ続けることで、心身に悪影響を及ぼしている時代です。「キラーストレス」とは現代のストレスの危険性を表している言葉です。

人はストレスを受けたとき、ストレスホルモンが放出され、とくに、コルチゾールというホルモンは多すぎると海馬の神経細胞を破壊します。海馬が小さくなることがうつ病の原因とも考えられているようです。

それともうひとつ、「マインドワンダリング」という状態が多いということです。

「マインドワンダリング」とは過去や未来のことをあれこれと考えすぎることです。

たとえば嫌なことがあった過去を悔んだり、もしかしたら同じことが明日起こるのでは?と心配したり。思考の負のスパイラルに陥ってしまい、ストレス状態が続き、それがうつ病の原因になってしまうということです。

平均的な人でも、半分の時間は「マインドワンダリング」状態にあるという結果になっています。そういえば俺もそうですね。過去や未来をよく考えてしまいます。くよくよと過去を後悔し、未来に不安を感じます。

とくに厄介なのは、未来のことかな。起きてもいないことを先回りして心配しているんだから。まったく馬鹿げたことだとはわかっていても、ついつい考えてしまいます。

そこで、このストレスを軽減する方法として注目されているものがあります。

ひとつは「コーピング」というものです。あらかじめ、ストレスを感じたときに、解消できる気晴らしになるものをリストアップしておくという方法です。番組では100種類挙げられていましたが、些細なことでもいいようです。

たとえば俺なら、

 1:  深呼吸する
 2:  空を見上げる
 3:  棚田に立つ
 4:  ヴィーノのお腹を触る
 5:  ヴィーノの肉球をつんつんする
 6:  写真を撮る
 7:  ブログを書く
 8:  かりんとうを食べる
 9:  小豆抹茶を食べる
 10: 映画を観る
 11: 音楽をつくる
 12: 温泉につかる

 ・・・・

まぁ100種類は難しいかもしれませんが、50種類くらいならリストアップできそうです。

そしてその効果を点数化してみることです。点数化することで、前頭葉で意識するということが、過敏になりすぎた偏桃体にブレーキをかけることにつながります。

そして今注目の「マインドフルネス」です。

「認知行動療法」の授業にも出てきていたので「マインドフルネス」については前も書きました。

新しい認知行動療法「マインドフルネス」と犬の散歩」(2015/12/31)

雑念を振り払い、「今、この瞬間」を意識すること。実際の瞑想では、体と呼吸とに意識を集中させるということ。

「今、この瞬間」に注意をむけることで、過去と未来に蓋をして、「マインドワンダリング」状態から抜け出します。そうすると、小さくなっていた海馬が回復し、偏桃体は小さくなる、つまり、ストレスに強くなることが期待されるというものです。

「マインドフルネス」と横文字だし、GoogleなどIT企業が採用して、最近開発された最先端の軽減法かと言えば、まったくそんなことはありません。

これは日本には昔からあった方法、座禅の瞑想、武道、芸道と似ている部分があります。形や名前が変わっただけで、方法としては、ずっと人が実践してきた歴史があります。

それと、写真を撮るときは、それこそ「今、この瞬間」を意識しているわけで、これは「マインドフルネス」的な、ストレス軽減効果があるのではないかと思うので、そのことについてはあらためて後日書こうと思います。

ところで前も書きましたが、ヴィーノはまさに「今、この瞬間」を大切に生きている動物です。過去も未来もあまり考えません。だからストレスがないように見えます。そう見えるだけで、人間どもにはわからない、犬のストレスはまた別だと、ヴィーノたちは言うのでしょうが。
 
 
 
 

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2016年6月18日 (土)

【夢日記】 ミャオ族の米食品

中国かどこか。

大型バスに3人くらいしか客はいなかった。上り坂の道を走っていて、遠くまで続いているのが見えた。

一番高い峠があることを俺は前にも来ていて知っていたので、「あそこまで行ってくれ」と運転手に言った。

前来たときは、そこから雄大な風景が見渡せたので写真を撮れるだろうと思ったからだ。

でも、今日、峠まで行ってみると、全体的に曇っていて、周りの山々も見えない。

「撮れるときにとっておけば」と後悔した。

少数民族の市場があった。どうもミャオ族らしい。

そこで中国サラミともち米らしいものがビニール袋に入ったものを見つけた。

そういえば、今回は「コメ食品」の撮影をしていない。

これを撮っておこうと思って、小さい袋を買うことにした。

おばさんは言葉が通じなかったので、若い男に聞いた。

中の白い粒を指して、

「ターミー、ハイシー、ノーミー?」

すると男は「ノーミー」と答えた。やっぱり予想通りもち米だった。

「いくら?」と聞いたがわからなかったので、お金を出して数えながら払った。全部で1元くらいではなかったろうか。

さっそく食べてみると、醤油で味付けされていて、少し甘ったるい。まずいということはないが、素朴な味だった。

食品の名前を聞こうと、男に「ジャオ シェンモ ミンズー?」と聞くと、勘違いするんだろうなと内心思った通り、男は売り子のおばさんの名前を聞いてくれそうになったので、「違う違う、この食品の名前」と俺は言った。
 
 
 
 

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